Under Construction      
    ロリー・ギャラガーの軌跡キセキ  
             
  <1949>    
   3. 2   アイルランドはドネガル州のバリシャノンで生まれる。 育ったのは、アイルランドの南にある港町コーク。    
  <1954>   5才の頃、初めて、テネシー・アーニー・フォードやガイ・ミッチェルのギター・サウンドに興味を示す。    
  <1955>   ロックン・ロールに興味を持つようになる。 その後、ビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ、 ロニー・ドネガン、エルヴィス・プレスリー、バディー・ホリー、エディ・コクラン、チャック・ベリーなどの音楽に親しむ。    
  <1958>   9才の時、初めてギター(アクースティック)を手にする。 ロニー・ドネガン・ギター教本とスキッフル・ソング・ブックを買い、全て独学でギターを身につける。 最初に覚えた曲は、ドネガンの「イット・テイクス・ア・ウォリッド・マン」だった。    
  <1959>   スキッフルのグループを作る。 クラブなどに出て、人前で演奏するようになる。    
           
             
  <1961>   初めて、エレクトリック・ギターを買う。 ロゼッティー・ソリッド・セブンで、値段は12ギニーであった。    
  <1964>   学校を卒業後、自分のグループを結成しようとするが、周囲に適当な人材がいなかったため、アイルランドのショウ・バンド/フォンタナ(後にインパクトに改名)に加わる。
ここでは、ヒット・チャートのトップ20に入っているようなスキッフル、ロックン・ロール、カントリー・アンド・ウェスタンを演奏し、ヨーロッパをツアーして回った。 この頃は、音楽的なものよりもむしろステージ・テクニックを身につけた。
また、グループに加わった2,3ヶ月後に彼はストラトキャスターを買い、それまで使っていたロゼッティ・ソリッド・セヴンを売ってしまった。 これ以後、彼はずっとストラトキャスターを愛用している。
   
  <1966>   2年後、グループを脱退して自分のグループを結成(グループ名はなかった)。 ハンブルグへ飛んで3回公演を行った。 
しかし、アイルランドへ帰って解散してしまい、ロリーは新たに、当時のコークのトップ・バンド/アクスルズのドラマーとベーシストを加えてグループを結成、テイストと名乗る。 テイストは、アイルランド、特にベルファースト周辺を中心に活動ぢていたが、ハンブルグやロンドンへも何度か演奏しに行った。
   
  <1968>   2年余り活動後、メンバー・チェンジ。 ベースにチャーリー・マックラケン、ドラムに元ゼムのジョン・ウィルソン加入。 プロとして働くために、テイストはロンドンへ出て来た。    
   5.     クリームのマネージャー/ロバート・スティッグウッドに認められ、”第2のクリーム”のキャッチ・フレーズで売り出される。    
  11.26   ロイヤル・アルバート・ホールでのクリーム解散コンサートに、セカンド・ビルとして出演。 オープニング・ビルはイエス、サード・ビルはジョン・ハイズマンズ・コラシアムだった。    
  12.     アイルランド公演。 ロリーは、毎年、ボクシング・デイ(12月26日)にベルファーストでコンサートを行うのが恒例となっていた。